Exploring CHANOYU
「お茶は楽しいわよ、遊びだから」幼い頃、祖母はいつもそう言っていました。お稽古は厳格でしたが、祖母の茶室で頂くお抹茶はいつも香ばしく、なぜかとても居心地が良かったのです。
長く海外で過ごし、帰国するたびにお稽古に通いましたが、毎回戸惑うことばかりでした。「足も痛いし、覚える事が多すぎる。この形式に何の意味があるのだろう」と母に尋ねた時、母はこう言いました。
「お茶は日常を豊かにするものよ。誰かのために準備されたものに気がつき、それについて言葉を交わす。お稽古はあくまで準備で、本番は日常をどう活きるか、だと思うわ」
その会話が、私にとってお茶を身近に感じるきっかけになり、「茶の湯は、日常生活の中で美しいものを楽しむ心を養うこと」と、ようやく気がつくことができたのです。
利休居士が愛した「花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春をみせばや」という歌の通り、満開の桜ばかりを待つのではなく、足元の小さな芽にも春を見つける。そんな心の持ち方を、私は茶の湯を通じて学んできました。
伝統から学びながらも、私自身の視点でお茶を見つめ、日々の生活の中で問いを重ね進化していきたい、そしてティータイムを通じて自分自身と、そして目の前の方々と繋がる時間を楽しめたらと願っています。
Photo Credit: Manbo Key